公衆衛生学的リスク

公衆衛生学的(疫学的)リスク

広く使用されている除草剤への曝露に関連した神経障害のリスク上昇を示す研究が発表された

 

科学出版のスケジュールというのはちょっと面白い。欧州委員会が、グリフォサート(国内名称:グリホサート)の10年間の追加認定の提案を準備しているというのに、『曝露科学と環境疫学』誌(Journal of Exposure Science & Environmental Epidemiology)96日に、論争となりながら広く使われているこの除草剤の予想外の潜在的健康リスクに関する研究を公表した。

 

そこでは著者たちが、グリフォサートへの曝露と神経学的損傷の生物学的マーカーとの関連を最初に明らかにしている。この研究は、業務上でこれに多量に曝露した個体群(農家、園芸家など)は対象としておらず、食料品を媒介として曝露されたアメリカ成人の一般的な個体群をデータサンプルとしているので、いっそう衝撃的である。

 

現在に至るまで、グリフォサートの効果に関する研究は、農業従事者におけるいくつかの癌(特に非ホジキンリンパ腫)のリスク上昇について探っていた。その研究の大多数が、この除草剤の使用者におけるリスク上昇を記載していたのだが、規制機関はこれらを信頼性に欠けるとしていた。これに反して、一般個体群におけるデータは、未だにわずかというか存在していない。

 

チャン=ユー・リン(台湾元倍科技大学)が主管する研究者たちは、アメリカで最大の疫学コホートであるNHANES(National Health and Nutrition Examination Survey)のなかの1つのデータ群を使用した。これらの情報が使用できるコホートの個体すなわち約600名に関して、尿中に検出されるグリフォサートの水準と、血中の「ニューロフィラメント軽鎖」、これはアルツハイマー病、パーキンソン病多発性硬化症、さらにシャルコー(筋萎縮性側索硬化症)といった様々な病態で特徴的な神経病変のマーカーであるが、その測定値を対比した。

 

結果: 既知の主要な混乱属性(年齢とBMI)によって補正した後、研究者たちはグリフォサートへの暴露に応じたニューロフィラメント軽鎖の測定値上昇を明らかにした。この関連はいくつかのサブグループ、例えば40歳以上の人々、もしくは肥満者においてより顕著であった。

 

ある種の神経変性疾患に罹患していたり、もしくは脳血管障害後の患者であれば、ニューロフィラメント軽鎖の値は著明に上昇している。NHANESコホートの個体におけるニューロフィラメント軽鎖の上昇は疾患によるものではなく、研究者たちは、近年の他の研究に基づいて、今回のバイオマーカーの基礎水準は「将来的に脳体積が減少していくことを予測する重要なファクター」であると記載している。彼らは、「この研究は、ニューロフィラメント軽鎖の水準と無症候性の脳疾患には関連が存在することを示唆しています」と加えている。

 

Le Monde紙は、これらの結果をこの分野の第一人者、つまりそのニューロフィラメント軽鎖の研究が国際レヴェルでの権威となっており、 いずれもが2018年にNature Reviews Neurologyで発表されたこのテーマに関する総論の共著者となっている3名の研究者に委ねた。「これは極めて驚くべき結果で、全く予想していませんでした」とスイスのバーレ大学病院のJens Kuhleは言う。「しかしながら、相関関係はむしろしっかりと確立されているようで、グリフォサートに最も曝露している人々と最も暴露されていない人々との間でのニューロフィラメント軽鎖値の差は無視しうるものでは全くありません。」「この研究は、有意な相関関係を明らかにしており、国民や公衆衛生に責任のある機関が関心を寄せるに値するものです」とオーストリアグラーツ大学病院のMichael Khalilも言う。

 

「その因果関係を明らかにすること」

この二人の同僚と同じく、Charlotte Teunissen (アムステルダムメディカルセンター)も、この研究は「しっかりと行われており」、明らかとなった関係には「十分な説得力がある」と判断している。今回照会を受けた3名の研究者は、こういった研究は相関関係を明らかにできるのみで、その因果関係は明確に証明していないという事実を強調する。「著者たちが強調したように、原因と結果であるという観点では(グリフォサートと神経的損傷に)生物学的に直接の関係があるのかは分からない」とCharlotte Teunissen は説明する。「さらに生物学的モデルに関する実験的研究によって、因果関係を研究しなければならないということです」とKhalil氏は言う。

 

しかしながら、本研究の著者たちは、「グリフォサートは血液脳関門を通過することが可能であり、これはヒトでの一連の神経学的トラブルをもたらしうる」と示している複数の実験的研究がすでにあると指摘している。つまり、「(業務上の)グリフォサートへの曝露は、視覚記憶の障害や自閉症といったいくつかの神経疾患のリスクの増大に関連しうる」ことを示す先行する疫学研究によって、納得しうるものとなる可能性があるのです、とこの研究者たちは加える。もしも彼らが、この除草剤に関連するリスクは今日まで手探りのままで承認されてしまったのではないかという可能性を強調するならば、これらの研究から多くの疑問点が生じるだろう。ニューロフィラメント軽鎖の水準の上昇は、神経細胞の損傷に最も特異的なマーカーであると、Charlotte Teunissenも同様に強調するが、障害のタイプとともにその障害領域についても、それが中枢神経系か末梢神経なのかすらも含めて解明されていないままである。

(Le Monde紙 2023922)

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