François Heisbourgとの対談 戦争は世界規模となっても世界大戦とはいわない

国際戦略研究所の所長によれば、現在の世界の危機と地政学的紛争は、いずれの世界大戦よりも、むしろ30年戦争の時期を彷彿とさせる。

シリアにおける戦争は、ローラン・ファビウスが示唆したように、世界的な軍事衝突となってしまうのでしょうか。
第三次世界大戦となる見込みは、今日の人々につきまとう漠然とした不安になっています。しかし、この一年間にわたって私が立ち会ってきたものは、世界規模の紛争の出現というよりは、列強が参加した複数の地域紛争の複合体なのです。諸大国の及ぼす影響はさまざまです。中国と日本との対立にはロシアは参加せず、中東情勢には中国は介入せず、アフリカでは主導権をもつフランスがにらみをきかせています。地域紛争は、ボーア戦争、バルカン戦争、日露戦争、モロッコにおける独仏の対立などの一連の地域紛争によって揺れ動いた20世紀の始めと同じように、やや増加しています。

全般化した動乱となるリスクへの不安は、凶暴な超国家的な配役の出現にも起因する、たとえば「イスラム国」のような...

はい、ダーイシュのような国境を超えた配役は、ダーイシュは少なくとも二つの国家、シリアとイラクに勢力範囲を拡大しているのですが、第一次世界大戦の後から知られていた国境を一変させています。なぜなら、もしも「イスラム国」は国家ではない、ということが事実なのであれば、それが占拠している複数の国家も厳密に言ってしまえば同様にもはや存在しない。シリアという国家はもう存在しないけれど、ダマス、ラタキア、ラッカなどの勢力範囲のつぎはぎとしての領土の継承はある。今日では、3つもしくは4つのシリアの「国家」が共存してます。イラクでも同様で、モースルとアルビール、バグダッドが、はっきりと異なった3つの団体の首都となっています。現実として、現在の私たちのさまざまな衝突に関して歴史的な参考事例を求めるなら、最も適切なのは疑うまでもなく30年戦争で、これは1618年から1648年にかけてヨーロッパを分裂させた一連の軍事衝突で、戦後のウェストファル条約による決定で結果的に国境を変えました。今日と同様に、紛争への参加者は多様で、同盟関係は不安定ながら重複していなかった。私たちの時代は、まさにこの30年戦争の時期のコピペであり、当時のカトリックプロテスタントの対立は、現在のシーア派スンニ派の衝突を連想させます。この類似は良い知らせではありません。あの信じられないほど血まみれな期間の間に、ドイツの人口は1/3が失われました。

しかし今日では、列強諸国は核兵器を所有し、経済戦争が世界規模となっている...

紛争の舞台に軍事力を送ることができる核保有国の存在や、経済戦争の国際化が、戦争全体のリスクを増大させています。もしも核保有国が与える脅威について考察するならば、厳密に警戒しなければならず今までは過小評価されていた新たな登場人物があり、それは北朝鮮です。それが中国、ロシア、日本、韓国と同盟しているアメリカなどと関わっているために、面倒を起こす可能性について考慮すべきなのです。それでも、核兵器保有が紛争を悪化させてこなかったことについては、きちんと認めるべきです。イスラエルはこの棍棒を振りかざそうとはしなかった。イランは、中東の不幸の長いリストの中に核兵器の拡散を書き加えることを避けるための協定に、サインしようとしています。

列強諸国が現状で軍事力を展開できるのだろうか、という疑問に関しては、現況としてははっきりしません。シリアにおける軍事的参加を、ご存じのような脅威的な影響となるまで増強するには、ロシア人たちには3ヶ月が必要でした。リビアでは、国際的な介入について明らかにされていません。イラクにおいては、介入は悲惨な状況だったし...しかしマリでは、フランスはカリフ制原理主義者による掌握を防ぐことができました。

紛争が世界規模となることについては、私が評価するのは、電子媒介での情報の撹乱や違法取得、資産の横流しといったその効果です。戦争が世界規模となること、これは世界戦争にはなりません。そもそも、人々のまったく当然ともいえる不安を引き起こしているのは、自らの生み出す統制を失ってってしまったこちらの世界規模化なのです。中東で生まれた地域紛争は、フランスの私たちの家庭にも影響を及ぼし、恐ろしく、理解し難いダーイシュの暴挙にはもはや国境がなく、恐怖を伝播させています。「イスラム国」とともに、ウクライナおよびクリミアの危機などの戦争が今日のヨーロッパを襲っています。それでも類似点を誤ってはいけません。私たちは第三次世界大戦というものの始まりにいるのではなく、散発的な紛争や不安定な同盟関係を切り抜けるためには、慎重に行動する必要があるのです。ダーイシュは世界中から嫌われていますが、しかしこれでは統一戦線を作るには不十分です。三十年戦争の間も、再洗礼派の人々はその暴挙の残虐性のために嫌悪されていました。ロシア人は、バッシャール・アル・アサドの兵を救うために、トルコ人クルド人を叩くために、ダーイシュと戦っている。このような一時的な利害による同盟は、いずれも目論見が食い違っており、彼らは第二次大戦中のように、世界で共通したビジョンの大義のもとに戦ってはいません。それゆえ、猛火に飛び込む前にじっくり考えなければならないのです。どのような状態でウラジミル・プーチンはシリアの窮地から離れることになるのでしょうか?それは誰にも分かりません。バラク・オバマはシリアでの紛争について、「戦略的な慎重さ」という言葉を使いましたが、リシュリューならこのような態度に賛同してたのかも...