トランプ、マクロン: 同じ闘い

トランプ、マクロン: 同じ闘い


私たちは、トランプとマクロンを何かにつけて対比してきました。片やお下劣なアメリカ人ビジネスマンで、ツイッターでは外国人嫌いで気候問題に懐疑的、もう片方は教養あるヨーロッパの精神で、文化とか持続可能な発展に関する対話に強い関心を示している。こういったことはすべてうわべばかりのことであって、おまけに私たちフランス人の耳には実に心地がよいのです。しかし、推し進められている政治をもっと詳細に見れば、彼らが似ていることに衝撃を受けます。トランプもマクロンも、極度に類似した税制改革を採用しており、どちらの事例においても、最富裕層と最も流動的な人々を優遇する減税する動きにおいて、信じられないような逃げ道を作ったばかりなのです。

きちんと振り返ってみましょう。アメリカでは、上院はトランプ案の大要を法的に有効として、企業の利益に対する連邦税の税額は、35%から25%に減額されることになります(加えて、多国籍企業が本国に送金した利益に対してもほとんど完全に免除です)。企業経営者の所得に対しては、約25%という減額が設立されることになる(最高位の給与所得者に適用されるべき、収入に対して40%という高税率に代わって)。相続税は、最高位の資産家たちに対しては大きく減額されるでしょう(そして同様に、議会での採択案ではすっかり削除されている)。

フランスのマクロン側が出したものは、こちらになります。法人税率は33%から緩徐に25%に減額、株式配当と利息に対して30%に減額した税率の設立(最高位の給与所得者に対する55%の税率に代わって)、相続税は、金銭と不動産の最高位の遺産に対して廃止される(最も貧しい階層に対しては、これほど不動産税が重かったことはない)。

この2つの国で、最も恵まれた社会的集団によって保有された収入や遺産の階級によって、このように明からさまに適用が除外される税制を作ることになるのは、アンシアン・レジーム以来初めてのことです。そこには、その度ごとに避けられないとされている論拠があって、それは身動きが取れず流動性のない大半の納税者にとっては、最富裕層をしっかり優遇する以外には選択肢がないのであって、さもなくば最富裕層はたちまちこの国土を離れ、これ以上彼らの慈善行為(雇用、投資、もしくは地方自治体には理解できない素晴らしい考え)の恩恵を受けさせてもらえないだろうというものです。この新たな慈善家たちは、民衆が大切にせざるをえない人々なのであって、トランプにとってはこれは「雇用創設者」であり、マクロンにとっては「ザイルのトップを登るもの」で、それを表現する言葉は様々ながら、その根底は同じものなのです。

トランプもマクロンも、疑うまでもなく本気です。それでもやはり、彼らはいずれもグローバル化がもたらした格差の脅威を深く理解していないことを示しています。彼らは、資料によって十分に裏付けられている事実を考慮することを拒否しており、それはすなわち、彼らが優遇する集団は、以前にこの数十年間の経済成長から桁外れの部分を占有した者たちであるということなのです。

この現実を否定することで、彼らは我々を3つの重大なリスクに晒しています。裕福な国家の内部で、グローバル化や特に移民の流入に対して拒否的な姿勢を強めつつあるような庶民階級を遺棄してしまいたいというような感情。マクロンが、フランス世論では主流である寛容と柔軟さへの愛着に期待して、彼の反グローバル主義の敵対者たちを拒絶すれば権力に居続けることができるであろうと考えるのに対して、トランプは自分の有権者たちの外人嫌いにおもねることで政治生命を取り止めています。しかし実際に、こういう展開は、フランスやスウェーデンと同様にオハイオルイジアナにおいても、未来に対する脅威に満ちているのです。


格差と気候変動の脅威
次いで、格差に立ち向かうことを拒否することは、気候変動の脅威に対する解決策をかなり複雑なものとします。ルカス・シャンセルがまさに示したように(Insoutenables inégalités, Les Petits Matins出版,184p,16ユーロ)、温暖化に対して著しく生活様式を修正することを余儀なくされることになるのですが、それが受け入れられるとすれば、それはこれに対応する労力の分配も公平になされることが担保される場合にのみでしょう。最富裕層が自分たちの四駆のクルマやマルタ船籍のヨット(「パラダイス・ペーパー」が明らかにしたように、マルタでは消費税を含むすべての租税が免除されています)に乗って地球を汚し続けるなら、ではその反面で、なぜ最も貧しい階層が、必要な「炭素税」の増税を受け入れると言うのでしょう。

つまり、グローバル化がはらむ、格差を拡大するという傾向を是正することを拒否すれば、世界の貧困を減らす可能性に対してたいへん悪い結果をもたらすのです。12月14日に発表される世界の格差に関する報告書における未発表の展望は、明らかです。格差を拡げるような政策とその変化の過程の選択次第では、この地球上でかなりの数となる最も恵まれない人々の生活条件は、今から2050年までに全く異なる進展をとげることになるでしょう。

楽観的に構えるのは終わりにしましょう。机上では、マクロンは明らかにトランプの単独主導主義よりは見込みのある、国際的協力もしくは欧州間での協力というアプローチを擁護しています。問題は、これを我々が空論や偽善行為とすることなく、いつ行動に移すのかを自覚することです。パリ協定の数ヶ月後にEUとカナダの間で締結されたCETAには、例えば気候変動や公平な税制に対して強制力をもつ手段は一切ありません。

ヨーロッパの改革に関してフランスが提案と称しているものは、フランス人の耳を自尊心で震わせてはいるものですが、それは全くあやふやだというのが真実です。ユーロ圏の議会の構成がどういうもので、その権限(おそらくその詳細)がどういうものであるのかもずっと分からないままです。このリスクは、こういった全てのことが虚無に帰してしまうほど大きい。マクロン主義の夢がトランプ主義者たちの悪夢にならないためには、今こそ小さなナショナリズムの満足は諦め、現実の問題に関心を持って取り組むべきなのです。

トマ・ピケティ
(Le Monde紙 2017年12月10日)