パンデミックのスピードでのCovid-19ワクチン開発

展望

パンデミックのスピードでのCovid-19ワクチン開発


遺伝子解析や構造生物学のような領域を含む基礎科学の理解が爆発的に進む中で、SARS-CoV-2のワクチンを早急に開発する必要が生じ、これがワクチン開発の新たな時代を支援している。ここ10年以上、科学コミュニティやワクチン産業は、H1N1インフルエンザ、エボラ、ジカ、そして現在のSARS-CoV2-の流行に対して即座な対応を求められている。H1N1インフルエンザワクチンは比較的速やかに開発されており、その理由としては、インフルエンザワクチン技術がきちんと開発されていて、鶏卵もしくは培養細胞をベースとした技術基盤によって作成されたワクチンが、ウイルス株の変化に応じて適用されるルールのもとで認可されていることがとが大きい。単味ワクチンとしては、H1N1ワクチンは北半球でパンデミックがピークを迎えるまでは入手できないが、スタンドアローンのワクチンとなった直後には利用可能となっていて、最終的には市販で入手可能な季節性インフルエンザワクチンに組み込まれている。


SARS、エボラ、ジカのワクチンは、同じようにはいかなかった。SARSとジカの流行はワクチン開発が完了する以前に終わってしまっており、連邦資金供給機関はこのワクチン開発にかけた資金を再配分し、製造者に金銭的損失を残して他のワクチン開発プログラムに戻してしまった。


カナダの公的保健機関によるエボラ・ワクチンの開発は、2013年から2016年のエボラのアウトブレイクが始まった時点では保留状態となっていた。アメリカ政府がこのワクチン開発に資金を提供し、これは最終的にMerck社に移された。この企業はエボラのアウトブレイクが終わっても開発を継続し、コンゴ民主共和国での最近のアウトブレイクではその治験薬のストックを利用することができた。このワクチンはヨーロッパ医薬品機構から条件付き販売認可を受け、2019年年末にアメリカのFDA、その後いくつかのアフリカの国々で認可を受けている。エボラワクチンに従事している企業は、開発を続けるために外部から資金援助を受け、自社の資金を投入した。開発が成功し認可を受けても、商業市場が比較的少ない本数のために複数のワクチンを維持していくという展望は仄暗いようだ。


H1N1ワクチンでの経験を見直せば、新規の病原体にもすぐに適用できる新たなワクチン開発-製造の技術基盤の必要性が強調される。ワクチンやバイオテクノロジーの企業は、合衆国政府やさまざまな基金からの援助を得て、こういったアプローチにリソースを投入している。国立アレルギー感染症研究所は、技術基盤の早期の開発を援助し、さまざまなウイルス科の「原型の病原体」に対して、それらを試験していくことのイニシアチブをとっている。


私たちの組織である伝染病対策革新連合(CEPI)は、ウェルカム財団、ビルとミリンダゲイツ基金ヨーロッパ連合および8か国(オーストラリア、ベルギー、カナダ、エチオピア、ドイツ、ニツポン、ノルウェー、イギリス)から資金提供されている国際的NGOであり、WHOの優先対策リストにある5種類の伝染性病原体のワクチン開発を支援している。私たちの目的は、これらのワクチンがフェーズ2a試験を終了したのち、将来アウトブレイクが起こった際には検証段階にあるそれぞれの病原体のワクチンが臨床試験を受けられるよう、そのストックを進めていくことである。CEPIは、新規の「疾患X」、つまりCOVID-19のような新たに出現した流行疾患に備える基盤技術の開発も援助している。理想的な基盤技術とは、ウイルス遺伝子の解析から臨床試験までを16週間以内で開発することを援助し、どの病原体でも一貫した免疫反応を引き起こすことを明らかにし、病原体がどのようなものかが分からない場合の技術基盤を使用して大規模な製造を行っていくことにふさわしいものであろう。


複数の技術基盤が開発中である。そのうち最もスピードに期待できるものがDNAおよびRNAをベースとした技術基盤で、遺伝子組み換えサブユニットワクチンがこれに続く。RNAおよびDNAワクチンは、培養も発酵も必要とせず必要なのは合成過程だけなので、迅速に作成できる。開発者と監査当局には、個人を対象とした癌ワクチン用の技術基盤による経験があるため、さらに迅速な臨床試験と発売が可能となりうる。RNAワクチンには現在までに承認されたものはないが、複数のRNAワクチンが臨床試験に入っており、監査当局にも臨床試験の申請を審査したり、それに関連したワクチン製造での経験がある。


ワクチンの技術基盤、その特性、候補ワクチンの状況

さらに従来型のワクチンも、次世代の遺伝子解析と逆転写遺伝子技術によって、その流行中に開発していく時間が短縮されるかもしれない。表は現在開発中のSARS-CoV-2ワクチンの主な技術基盤のタイプとその実例のリストである。さらに詳細で更新されているリストがWHOから入手することができる。


新たな技術基盤を使用したとしても、SARS-CoV-2ワクチンの開発は難題をもたらす。第1の難題は、このウイルスが持つ釘みたいなトゲトゲのタンパク質は、免疫防御にあたっての免疫原として有望なのだが、抗原デザインを最適化することが免疫反応の最適化を確保するにあたって決定的に重要となる。その最良のアプローチに関しては議論が続いており、例えばそのタンパクの全長をターゲットとするのか受容体に結合するドメインのみであるのかなどである。


2番目の難題は、SARSとMERSのワクチン候補での前臨床経験から、増悪していく肺疾患となった際に、それがウイルスによる直接的なものなのか抗体に依存した増強なのかという関心が出てきた。こういった副作用は2型ヘルパーT細胞による反応に関連しているのかもしれない。それゆえ適切な動物モデルによる試験と臨床試験における厳密な安全性のモニターが必須である。(良い動物モデルを決めてしまうことはまだ早すぎるが: ハムスターやフェレットと同様に赤毛猿が全く有望である。[未公開データ]) 十分な免疫応答を作り出したり投与量を少なくするためにアジュヴァントが必要となれば、Th1反応を標的とし高い中和抗体反応を示すものが理論的にはより免疫防御的であり、免疫に起因する病原性のリスクを回避すると考えやすい。しかし、具体的なデータと慎重な規制審査が必要となるであろう。


第3の難題は、免疫防御に関連する要因はSARSやMERSワクチンの経験から推測されるものの、それらがまだ確立されていない。自然に獲得された感染と同様に、免疫が成立しうる続期間も分かっておらず、同様に1回投与したワクチンが免疫を形成するのかどうかも不確実である。


伝統的なワクチン開発とパンデミックパラダイムによる開発との違い

ワクチン開発は時間と費用がかかるプロセスである。脱落率は高く、認可されたワクチンを作るためには、通常であれば沢山のワクチン候補と何年もの期間が必要となる。費用もかかり失敗する確率も高いため、通常であれば開発者たちは、データ解析や生産過程の確認のために何段階もの中断を取るなど、一連のステップを踏まえる。ワクチンの開発には、迅速にスタートし、他のステップの成果がうまくいくかを確認せずに、多くのステップを並行して遂行していくような新しいパンデミックパラダイムが必要であり、それゆえ資金面でのリスクは上がる。例えばこれまでにヒトでの経験がある開発基盤であれば、第1期臨床試験動物実験と並行して進めることができるかもしれない。


中国による武漢でのアウトブレークの原因が新型コロナウイルスであるとの特定の発表の直後から、CEPIはMERSワクチンの開発や新たな開発基盤に取り組んでいたパートナー施設と連絡を取っている。さらなる資金援助の可能性とともに、彼らも他の組織も、遺伝子解析が公表されると同時にワクチン開発を始めている。Moderna社のmRNAベースのSARS-CoV-2ワクチンの候補は、3月16日に第1期臨床試験に入っており、また中国では非複製ベクターをベースとしたワクチンが第1期臨床試験を開始する当局からの初の認可を受けている。これ以外には、核酸ワクチンの第1期試験が4月に始まることが期待されている。


いくつかの候補ワクチンには、添加される臨床試験材料が第2期臨床試験のために現在製造されており、迅速に第2期試験を通過するということは、安全性とそれ自身が免疫原性となってしまうことに関してしっかりとしたデータが得られるのを待たずに、その製造を商業ベースにまで持っていく必要があるということである。生産キャパシティを拡張するには何億ドルもかかる可能性がある。さらには新たな基盤技術はそのほとんどが認可を受けていないので、その基盤にとっては大規模な生産が行われたことがなく、それゆえそのワクチン候補が使用可能か分からないままで、大量の製品を生産しうる施設を割り出し、技術を移行し、生産プロセスが適合される、これら全てがなされなければならない。


これらの新たな製造基盤が拡充可能か、もしくは既存のキャパで十分な量のワクチンを十分に迅速に製造できるのかどうかは確かだとは言いがたい。それゆえに、例え臨床試験に入るまで、もしくは本数が大量になるまでには長い時間がかかりかねないとしても、既に実証済みで確実に信頼できる手法によってもワクチンが開発されることが必須なのである。パンデミックの期間中に臨床試験を遂行するのであれば、それはさらなる試練を課す。いつどこでアウトブレークが起こるのかを予測すること、ワクチンがいつでもちょうど試験に入れるよう治験施設を準備することは難しい。さらに、2020年の後半に多数のワクチンが試験できるようになっているとすれば、その治験を行う施設や、分担した国家や、その倫理や規制を扱う当局を、2013-2016年のエボラの治療法で起こってしまったように複数の臨床試験で圧迫しないことが重要であろう。


それにも増して、死亡率が高い状況では、人々は無作為抽出試験において偽薬群(無治療群)になることを受け入れないかもしれず、これ以外にもこうした関心に取り組むアプローチは可能ながら、通常はそれらは無作為抽出試験ほど迅速ではなく、その結果の解釈もより難しいものとなりかねない。この問題は、「エボラはもうたくさん!(Ebola ça suffit !)」試験で行われたように早期にワクチン接種をした結果を、時間をおいて試験した結果と比較することで乗り越えることができる。前向きな方法としては、より多くの参加者に機能するワクチンを投与するために、1つの適応試験デザインとして、複数のワクチンを1つの対照集団を同時に使用することで同時に試験することだろう。このアプローチには有利な点があるが、それは物流でも統計的にも複雑で、開発者たちはあからさまに直接比較されてしまうデータが出てきかねないような試験をしばしば避ける。


CEPIは比較的新規の組織であり、パンデミックワクチンの開発をサポートするための確立された資金機構も手段もないため、生産プロセスを開発し拡充することを通じて、SARS-CoV-2を意図した増設基金を立ち上げる必要があるだろう。数百万本のワクチンであれば開発の副産物として入手可能となるかもしれないが、パンデミックの状況であれば、候補となるワクチンが安全で効果的であると分かれば、作成される本数は大量でなければならない。いくつかの高収入の国であれば自国民を念頭にして開発や製造に資金投入するかもしれないが、責任をもってワクチン製造に資金を提供しこれを指示する世界的な法人はない。大規模なワクチン製造、調達、配送を組織して資金提供することについて、世界規模の出資者たちとの話し合いが進行中である。


最終的に、パンデミックは世界中で同時にワクチンの需要を作り出す。ワクチンが利用可能となれば、臨床的、血清学的調査によってどの集団がいまだに非常にハイリスクな状態のままなのかを確認しなければならず、それによって世界規模で公平なワクチン配分システムを確立する基礎を形成することができるだろう。G7諸国のあるグループがすでにこのような世界規模のシステムを要請しており、その計画はワクチン開発が進行している間にスタートしなければならない。


考えにくいことではあるが、ワクチンの準備が整う前に突如としてパンデミックが収束を迎えるようであれば、私たちは最も有望なワクチン候補の開発を、それらをストックし、アウトブレークが起こればいつでも臨床試験と緊急認可ができるようになるところまで継続すべきである。開発を一貫して援助し、大規模な生産と配備をサポートする世界規模の資金提供システムは、公平な配分を確保し、民間セクターのパートナーを重大な金銭的損失から守り、将来のパンデミックに備えるにあたって必須の要素となるであろう。

(New England Journal of Medicine  2020年3月30日 DOI: 10.1056/NEJMp2005630)