政治的孤立主義への誘惑  「フランスがトランプに言わなければならないこと」

2003年の国連におけるイラク戦争に反対する偉大なるスピーチの起草者、ドミニク・ド・ヴィルパンが、トランプの大統領就任は、いくつかの条件が整えば逆説的に世界に利益をもたらしうるとして、その理由を説く。


1月20日に、ドナルド・トランプが広島型原子力爆弾の数千倍の規模を持つアメリカの核兵器の所有者となります。いささかの政治経験もないこの人物が、人種差別主義的発言をし、外交政策において「予測できないこと」を主張している訳ですが、彼がもうすぐこの星のすべてもしくはその一部を、単独で破壊しうるということを知ることは心配ではないですか。
ドナルド・トランプは、今回の選挙キャンペーンを通じて扇情的な発言をおこなったり、急進的ながらしばしば一貫性のない立場をとっていますが、このことは当然のごとく世界に危険を知らしめることとなりました。しかし、私たちにはこう考えることも可能です。権力による征服の段階は終わり、それとは全く異なるような、 権力による試行段階が始まったのです。若い頃に私は、外交官として1980年代のアメリカにいた当時に彼と知り合っています。ニューヨークでは何度か彼とすれ違いましたが、そこではこの掟破りな人物は、すでに成功した支配者でした。確かに彼は、人目を引くような誇張された政策がお好きです。しかしドナルド・トランプは、その見かけを超えて、疑うまでもなく何よりもまずは堅実な実務家なのです。遺産を相続したこの人物は、その人生において、偉大な起業家としての複数の選択に直面しているのです。彼は、勝者としてのイメージを保ち続けるのです。であれば、彼にとって、出口のない軍事的な冒険に関与することとか、ましてやなおさらに核兵器のボタンを押すことには興味がない理由は何でしょうか。私を安心させる要素にはもう一つあります。アメリカ合衆国憲法は、対抗勢力、特に対外政策の分野において多くの特権を持つ議会によって大統領権限に強力な制限をかけています。


しかし議会では、上院でも下院でも共和党が多数派です。
そうなんです、しかし、共和党の一部の指導者層がトランプ候補から距離を置いていたことを忘れてはなりません。次の大統領は、この種の内輪の野党を考慮して、この野党と連盟しなければならないのです。そして次に、国政の機能の仕方は非常に厳密であり、このため大統領執務室の機構は、膨大な規定や義務の遵守を命じます。それ故に、フランスと違って合衆国では、大統領に選ばれた人物はすべて自ら変貌することを強いられるのです。


つまり、ドナルド・トランプホワイトハウスに入っても、彼が世界の安全保障にとって危険な行動を企てかねないとは信じられないということですね。
そうとは言ってませんぜ。そういうリスクがあることは、明らかです。例えそれが今回の有権者たちへ証拠を見せるためだけだとしても、ドナルド・トランプがそのもっとも危険な脅し文句のうちのいくつかを実行に移すという決断することはあり得ます。私は特に、2015年7月にウィーンにて締結された、イラン核問題に対する協定を破棄したりして、とか考えています。2003年当時に、当時のアメリカ大統領 ジョージ・ブッシュの意向に反する形で、イギリスとドイツで同じ仕事をしていた人たちとともにイラン政府とのこの交渉を始めたのが私であれば、このリスクにはいっそう過敏になっています。この重要な協定を放棄すると、中東がすでにいつ紛争となってもおかしくない地域であれば、そこに深刻な結果をもたらすような一連の連鎖反応を引き起こしかねません。


もっと一般的な展望としては?
ホワイトハウスの新しい住人が選挙キャンペーンの際に提示していた対外政策の骨組みを、私はいくつか知っています。アメリカの利害を示すためにすべての重要な通商協定を破棄し、さらにはWOCのいくつかの規定を白紙に戻そうとしているように、確かにいくつかの懸念すべき点はあります。もしくは、アメリカの伝統的な同盟国であるヨーロッパや日本、韓国との間に距離を置いていることも。彼は、これらの国々に、しっかりと防衛予算を増やさなければアメリカの軍事的なぷれざんすを削減しかねないぞと脅しています。しかし、アメリカが軍事的介入主義をやめるかどうかについて何度か表明した時のように、彼は表面的には分かりにくいのですが、その実はずっと、その判断がどちらにでも換わりやすい。
言い方を換えれば、トランプがどう「着陸する」のかを見るまでは分からないのです。彼の行政の柱となる人物は誰なのか。共和党の内部には、度量の大きな人たちがいます。彼はそれらの人物たちを選ぶのか。彼を選んだ有権者たちには、どのようなサインを送るのか。ドナルド・トランプとその陣営が、その世界観とか、最重要課題とか、今度の行政が4年間にわたって導いて行こうとしている複数の大規模な国際紛争とかについて、実際に具体的な定義を行っているのは、今まさにこの瞬間なのです。


喫緊の課題、それは何にもましてやはりシリア問題です。トランプ政権には、ロシアと、そしてそれはつまりバシャール・アル・アサド政権と同盟する意図が本当にあるのだと考えますか。
問題点としては、シリアの人々の具体的な状況を改善するためには、新たな同盟を結ぶこと以上に、対話が実現する可能性を考慮すること、対話ができる環境を作れるのかどうかなのです。新たな同盟を作っても、またもや情勢をさらに不安定にする原因となるでしょう。強いイニシアチブが必要であることを今日否定する者はいません。ロシアとの衝突は、紛争の激化をもたらすだけです。ロシアに強い行動を取ってもらうことは可能です。バラク・オバマは、この地域における外交決着をまったく行いませんでした。確かに彼はアメリカの軍事的関与を削減しましたが、しかしグローバルに強いイニシアチブを示すことも、一切していないのです。新たな政権とって開拓すべき、膨大な領域がそこにはあるのです。私はこの間書いた本の中で提起したのですが、中東の「ヘルシンキ」が必要なのであって、それはいわば、この地域の安全保障の構造を計画し直すべく、全ての関係国が、ロシア人やイラン人やサウジアラビア人も含めて、一堂に会する一大会議です。まさに1975年にフィンランドの首都ヘルシンキで、旧大陸の集団安全保障を確立すべくソビエト人やアメリカ人、ヨーロッパ人が集まった会議のように。トランプ政権は、サウジ湾にある裕福な王国やイランからの出資によって、最貧諸国を援助したり、数百万の国外亡命者の帰還を可能とるために巨大基金を設立するというイニシアチヴを取ることも可能です。しかし、そのためには最近更新されているイランとの関係を維持する必要があります。


トランプの政権デビューに関するシナリオの中には、もっとブラックなものもあります。たとえばウラジミル・プーチンは、彼に対して非常に好意的だった宣言を東ヨーロッパの防衛を放棄することだと解釈して、バルト諸国に侵攻する決断をするやもしれません。
ウラジミル・プーチンって、本当にタリンもしくはヴィリニュスを攻撃しようと考えてるんですか。ロシアにとっては、多分アメリカよりもカネがかかる冷戦の外交関係から離脱しましょうってことですし、対等に扱われるようになるということなのですよ。もしも双方がお互いの下心を克服できるならば、ですが。


しかしながら、まさに今日では自由主義的民主主義と「反自由主義」を唱える民主主義との対立があります。その先駆けとなっているのがウラジミル・プーチンです。
それは明らかです。しかし、彼がゲームに勝つとするならば、それは冷戦の論法や手法、制裁とか、封じ込めとか、除名とかいったものに頼り続けることによってではなく、むしろ多くの国が参加する闘技場において、外交的かつ政治的なリーダーシップ、つまりバラク・オバマが実質的に放棄したリーダーシップを取ることによるのです。


ドナルド・トランプには、こういう視点を共有している、というようなそぶりはありませんが...
そうなんです。しかし、彼に期待することはまだ可能です。そしてフランスは、その独立の精神を曲げることなく、明瞭な諸原則をはっきりと示し、具体的な提案を表明することもできるのです。前もって確定的な判断を下してしまうより、外交的手段によって世界を安定させることでその責任を取り戻すよう、新たな政権を促していく努力をしましょう。


この移行期間に、フランス政府はトランプ陣営に対して、はっきりと何を言えばいいのでしょうか。
アメリカとフランスとの関係が確固としたもので歴史のあるものであり、率直に意思を伝え合うことが可能になることが、ドナルド・トランプやその陣営との本来の対話を私たちにもたらすべく導きます。嫌々ながらではなく、オランドのスタッフがしてると思われるように、わずかにイケズな気持ちを込めながら彼らに、 「あなたは方針変更をしようとしているのですね。私たちはこのような形で、このようなところまでは御協力できます。」と言わなければならないのです。分かりやすく率直に、ロシア、ウクライナ、トルコもしくはシリアに関する新たな見解を提案しましょう。新らしい情勢は、以前そうであればよかったようにアメリカに追随するものではすでになく、再び私たちが国際外交のプレーヤーに戻ること可能とし、またそれを余儀なくさせているのです。フランスはしかるべく振舞わなければならいのですが、これまでは節を屈してきたのだとしても長すぎました。今日米国で起こったこの国際情勢の変化のおかげで、私たちの本来の使命に立ち戻りましょう。それは、トレ-ディ-ユニオンとなることであり、仲裁者、干からびるのでもでかい大砲で世界の問題を片付けようとして失敗するのでもなく、イニシアチブと提案を生み出していくことです。フランスにとって、トランプの当選は、自分たちの何物ももたらさない外交・軍事戦略を見直す機会なのです、たとえそれが国際的なフランスの地位の衰退に向かうものではないのだとしても。もはや海外での活動を考えるのは、外務省ではなく国防省なのです。リビアでの介入、続いてマリとサヘル地域における介入がありましたが、いずれも政府はいろいろ明言していたにも関わらず、共同対策としての大規模な軍事展開も撤収する際の方針もなく、そのもたらした結果は実に微々たる不安定なものでした。実際に私たちは、新保守主義(ネオコン)にとってモヒカン族の末裔だったのです。イラク戦争に関して2003年に彼らと対立している私たちにとって、それでは余りにあんまりです。ド・ゴール将軍によるメッセージ、独立不覊の国家の独自性に関するメッセージを思い起こしましょう!


あなたは著書の中で、フランスとアメリカは「おぞましき双子」(jumeaux terribles)だと書いています。ということは、こうなれば来年の5月に、マリーヌ・ル・ペンが当選することは避けがたいことなのだと考えていますか。
完璧に考えてません。望ましいことでも、当然なことでも、避けがたいことでもありません。フランスの政界が今日なすべきことは、私たちの国民の求めるものと屈辱感に耳を傾け、それを理解することです。しかしそれは、ポピュリストたちの解決策を提示することではないのです。私の意見としては、まず何よりも始めに、フランスのアイデンティティーというものが歴史的にみてるつぼとなってしまっているこの国家を、どうにかして立て直すことからその対応は始まるのです。
(L'Obs誌 No. 2715- 17/11/2016)