ヨーロッパ文化はより強固なヨーロッパのための手段である

ジュリア・クリステヴァ ヨーロッパ文化はより強固なヨーロッパのための手段である

 

ル・モンド紙の論壇において、この文筆家でもある精神分析医は、ヨーロッパの文化空間は、その重層的なアイデンテティー、多言語使用、女性と個人の人権の文化によって、イデンティテールな痙攣、衰退論、環境論的な危機への対応になりうると考えている。

 

フランス国籍ブルガリア出身、アメリカに帰化しているこのヨーロッパ市民、私は数々の厳しい批判には無関心ではありませんが、ヨーロッパとその文化への待望が聞こえるのです。政治に失望していても、反抗的な棄権主義者たちも、イタリア人たち、ギリシャ人たち、ポーランド人たちそして同様にフランス人たちも、ヨーロッパ文化への帰属は白紙にはしておらず、自らをヨーロッパ人だと感じています。この感情は何を表しているのでしょう、ローマの欧州憲法条約でも文化には言及されていないのは明白です。しかし、ヨーロッパ文化は、国々をより強固な一つのヨーロッパに導くための主要な手段となりうるのです。

 

・どういったアイデンテティーなのか

 

ある種のアイデンテティーの崇拝に反して、ヨーロッパ文化は、私のとか、もしくは私たちのとかいったアイデンテティーがあったとしても、それは無限に構築しうる、そして脱構築しうるのであるという、この逆説を終わることなく暴露し続けるのです。「私とは誰か」という疑問に対するヨーロッパ的に最良の回答は、もちろんそれは確信することではなく、それはよく分からないものへの愛なのです。犯罪行為にまで及ぶイデンティテールなドグマに押し潰されて以来、ヨーロッパ的な「私たち」が台頭しつつあります。それをイデンティテールな政情不安への対処法として捉え直すことで、引き継がれてきたヨーロッパ的なものを受け入れることができるようになるのです。つまり、私たちのものでもあり、あらゆる立場のものでもあるというアイデンテティーです。

 

こういった見方は、ユダヤの神の言葉によって述べられているのを見ることができます。「私は有って有るもの」(出エジプト記3,14)、これはイエスによっても繰り返されています(ヨハネ書 18:5) 。つまり、定義もたないアイデンテティーであって、それは「私」を、表象し得ない永遠の自己回帰へと再び差し戻します。言い方を替えれば、私は、自我がそれ自身と共に、一緒に考える沈黙の対話において、いつでもプラトンの言う「Zwei in Einem」を感じ取っており、そしてその思考は一切の答えを導き出すことなく分裂していくのです。philia politikèにおいては、アリストテレスは単一の記憶と各自の生活史に言及しながら、社会的空間と政策を説いています。

 

アウグスティヌスのいう旅路においては、それはただ一つの安住の地だけがある旅路であって、まさしく旅の安住の地、旅路にあって安住の地にあるのです。モンテーニュのエッセイにおいては、彼は自我のイデンティテールなポリフォニーを認めており、「私たちはみな小さな境界のない領域で、雑多に構成され全く形が定まらないため、一つ一つの断片、一つ一つの瞬間が行き当たりばったりに動いているのだ」(Livre 2, Chap 1) 。デカルトのコギトにおいては、私は、我考える故に独りで我在りなのだと理解しています。しかし、何を考えるのか。この態度はゲーテによるファウストの反逆において、再び私に「私は常に否定する精神である」と語りかけます。フロイトの「終わりなき分析」においては、「そこがどこであれ、私はそうならなければならない」のだと。また、現代性についての芸術や文学の突飛で繊細な革新においては...

 

この疑問を投げかけるアイデンテティーについて、あらゆる起源を列挙するつもりはないのですが、しかしながらこの終わることのない疑問は、自己への疑念や嫌悪の中に漂流しかねないことを思い起こしましょう。それは、それに対してヨーロッパが常に備えてきているとはほど遠い、自己解体なのです。他者を寛大に「寛容」するという問題に対して、ヒトは受け継がれてきたこちらのアイデンテティーを縮小していきます。しかしこの寛容は問題提起の零度に過ぎず、それは漠然と他者を受け入れるだけではなく、自分が自分自身を問題とするために彼らを招く。つまり、さまざまな出会いに問いかけと対話の文化をもたらすためにであって、その邂逅は関与するすべての人々を問題にします。この相補的な問題提起には全く嫌悪感情はなく、共生するための唯一の条件である、精神の果てしなく続く透明性があるのです。このように理解されるアイデンテティーは、一つの多元的なアイデンテテティーに到ります。それはヨーロッパの新しい市民の多言語使用です。

 

・言語の多様性

 

すでにジャン・ド=ラ・フォンテーヌも「うなぎのパテ」において、「多様性こそ私の信条」と言っています。これからのヨーロッパは、その構成国家よりは多くないとしても、それと同じだけの言語を話す、政治的な実体なのです。この多言語主義は、文化の多様性の基盤です。それは文化を、それとともに国家の性格を、保護し、尊重することを意味しますが、しかし文化の差異や補完性への理解を深め、つまりはこの新しいポリフォニーを体現することでもあるのです。

 

ホロコーストの恐怖が終わり、19世紀のブルジョアも20世紀の革命も、今日では異なる時代に直面しているのです。ヨーロッパの言語多様性が、「グロービッシュ」の2言語併用に果敢に挑みうる、万華鏡のように千変万化する個人を創り出しつつあるのです。ヨーロッパの多言語空間は、未だかつてないほどにフランス人に、世界の多様性を知り、彼らが固有に所有しているものをヨーロッパと世界の知にもたらすよう求めるのです。それぞれの言葉と国家に対して新たな感情を呼び覚ませるようになるとすれば、それは他者の言語を許容することによってなのです。

 

・国家の鬱状態からの脱却

 

落ち込んだ患者を前にして、精神分析は自分自身への信頼を取り戻すことから始めます。言説が再び豊かとなって、苦痛に対する真に批判的な分析が起こるための、治療の二人の主役の間の関係はそこから確立することができるのです。同様に落ち込んだ国家は、例をあげればヨーロッパの統合のような、もしくは産業と貿易の発展のような、もしくは移民のさらなる受け入れのようなものを企てる努力ができるようになるためには、それ自身に対する楽観的なイマージュを必要とします。「国家も、人間と同様に、ちょっとした失礼な言動で死ぬのだ」とジロドゥーは記しています。誤解された普遍論(普遍合一説)と植民地の罪悪感は、国家に対する「ささやかな失礼な言動」よりずっと酷く、コスモポリタニズムの名目でたくさんの政治的そして思想的なプレーヤーたちを巻き込みました。国家の鬱状態国家主義的で外人嫌いな躁状態の高揚に投げ込むに先立って、重症化させたのが彼らなのです。

 

ヨーロッパ諸国はヨーロッパに期待しており、私たちがユネスコに権利を委譲している文化の多様性を世界に実現するためには、ヨーロッパにはそれ自身誇れるような、価値付けされた国家の文化が必要です。国家の文化の多様性というものは、月並みさの悪弊、こういった新たなヴージョンの月並みさの悪弊に対する唯一の解毒剤なのです。この時、連帯したヨーロッパは、連帯していると理解されているのですが、新たな均衡を模索するにあたって重要な役割を果たしうるのです。

 

・自由に関する二つの概念

 

1989年のベルリンの壁の崩壊は、ある二つのモデルの間にあった差異をさらに明白にしました。つまり、ヨーロッパの文化と北アメリカの文化です。自由に関する二つの概念のことです。「自由」を「自律的に行動すること」であるとみなすことで、カントは企図的な主体性、つまり(純粋もしくは実践的な)理性の自由に従属する主体性の擁護が始まりました。プロテスタントが推奨するこのような考え方では、自由とは、生産物の、科学の、経済の論理にすんなりと順応することとして登場します。自由であるということは、原因と結果の連鎖から、生産物と利潤の市場に順応するために最良の効果を引き出す自由ということでしょう。

 

ギリシャ世界に登場し、ソクラテス前の人々とともに、そしてソクラテスの対話を介して発展している、もう一つのモデルがあります。この根本的な自由は、原因というものに従属せず、自分自身に、他者に、身をゆだね、身を任せ、身をさらしていく言説の存在のなかで展開し、そしてこの趣旨において解放されるのです。言説の存在の、ある存在が他者と出会うことによる解放、この出会いにおける解放は、この自由が原因と効果の連鎖の中、そして科学的な制御の中に固着される以前に、終わることのない問題提起に組み込まれます。

 

私は、この疑問を呈し続ける態度に基づいた2番目のモデルがはらむリスクを見てとります。つまり、経済の現実を無視していること、同業者組合主義者の要求を固持していること、寛容なだけで新たな政治的、社会的なプレイヤーは恐れること、世界規模である競争を放棄して怠惰と擬古主義に引きこもること。しかし、ヨーロッパの文化が有する利点も明らかで、それが最高となるのはある図式のなかでではなく、ヒトの生の味わいにおいて、脆弱ながら共有できるその卓越性においてなのです。

 

この文脈では、ヨーロッパは均質で統合されている状況からは程遠い。まずは、「古いヨーロッパ」そして特にフランスが、全体主義後のヨーロッパの経済的、実存的に困難な状況の切実さについて考慮することは至上命令なのであって、それが遺恨と国家主義とを困難ながらも克服するのです。しかし、文化の違い、そして何よりも特に宗教の違いを承認することも必要で、それがヨーロッパ内部の諸国家を分断しているのです。

 

・信じる必要性、知への欲望

 

現在の危機的状況をもたらしている複数の要因のなかで、政治家たちがしばしば口を閉ざしているということもその一つです。私たちのことである語る存在たち、そして青年期に特有の「理想性の病弊」であると表現される語る存在たち受け継がれた、普遍的な信仰とか政治以前の、私が「信じることが必要だ」と呼んでいくものを圧迫する否認のことなのです。

 

好奇心にあふれ遊び好きで、面白いことを求め「それがどこからきたのか」を探す子供とは反対に、青年は探求者よりは信仰者なのであって、自分の両親を追い越し、そこから分離し自分自身を乗り越えるためには、理想を信じる必要があるのです。しかしこの理想性の病弊は、それに失望すると、一方では薬物依存、拒食症、破壊衝動、そしてもう一方ではイスラム政治の急進主義に押しかける高揚感のもとで、もしくはそれを介して、破壊や自己破壊に向かいます。理想主義と虚無主義、つまり青年と、その青年によって世界を揺さぶっているこの「理想性」の病弊の中では、何も価値を持たないことの陶酔と、楽園の絶対性の苦難とが隣り合っているのです。

 

ヨーロッパは歴史的試練の前にあります。もはや宗教ではフタができないこの信仰の危機に、ヨーロッパは立ち向かうことができるのでしょうか。ニヒリズムと狂信とが対となって世界のさまざまな部分に持ち込んだ、思考し互いに調和する能力の破壊に関連した恐ろしい混沌は、人間同士の関係の基盤にも触れるのです。それはギリシャユダヤークリスチャンが合流するところにムスリムを接ぎ木して鍛え上げられた人間に関する観念であり、こういった単一で共有可能であるという普遍性への懸念であって、この普遍性は脅かされているようです。決定的となっているこの数年間、ヨーロッパを硬直させているこの実存的な不安は、この争点を前にしたためらいを表しているのです。

 

クリスチャン、ユダヤ教とイズラム教の合流地点で、ヨーロッパは三つの一神教の間の架け橋を作るように呼びかけられているのです。さらにはまた、国家の非宗教化の先進地点となってから2世紀となり、ヨーロッパは、信じることの必要性を明らかにしうる、そして明らかにしなければならない代表的な場所なのです。しかし、リュミエール兄弟は、その性急な反啓蒙主義との闘いにおいて、その威力を無視し過小評価してしまいました。(?)

 

・女性の権利という文化

 

マリー・キュリーローザ・ルクセンブルクシモーヌ・ヴェイユシモーヌ・ド・ボーヴォワールを経てきた婦人参政権論者以来、創造性および政治的、経済的、社会的な闘争とによる女性の解放は、伝統やキリスト教根本主義信仰の反啓蒙主義に立ち向かうヨーロッパ市民たちの、国籍、宗教、政治的な多様性に統合の余地を与えます。ヨーロッパ文化のこの独特な特徴はまた、文化と解放を、選択としてのみならず、ヨーロッパ大陸におけるフェミニストの闘いに生命を吹き込むような自己克服として渇望することにおいて、インスピレーションであって全世界の女性を支持するものなのです。

 

金融と中毒気味のネット化による政治の閉塞に直面し、周辺を取り巻く衰退論と経済的自己破壊とに対抗して、ヨーロッパの文化的空間は大胆で強気な反応でありうるでしょう。おそらくそれが、人間を取り巻く条件全体の複雑さ、その記憶の教訓とその自由が脅かされる脅威とを重要視する唯一のものなのです。

(Le Monde紙 2019年5月24日)